名前も知らない彼女のこと

 

香港のホテルで同室だった女の子は、スウェーデンから来た子だった。

母親が中国料理を作ると言っていたので、ハーフだったのかもしれない。

顔がとても小さくて、黒目が丸く大きくて、とても愛らしい顔をしていた。背は私と同じくらいなのにスラリと手足が長くて、腰まである黒髪はさらさらと美しかった。持っている小物や服なんかもとてもセンスが良くて、両耳の小さなパールのピアスがとてもよく似合っていた。

2段ベッドからひょっこりと顔を出した彼女に”良かったら夕食を一緒に食べない?”と誘われて、一緒に夕ごはんを食べに行くことに。それからエッグタルトを食べて、甘くて冷たいミルクティーを飲んだ。翌日はお昼ごはんを食べに行った。

歩くのが速い彼女の後ろ姿を、私はよく覚えている。背筋がピンと伸びていて、するりするりと風のように、器用に人混みの間を抜けていく。歩くたびに、綺麗な黒髪がなびいていた。人が多くて、道も狭いからあまり会話をしなかったけれど、心地が良かった。

それから、とても親切だった彼女のことが好きだった。(口癖が、”oh shit!”だったことも、理由のひとつ)

けれども、滞在3日目の早朝、ホステルの都合で慌てて荷物をまとめて部屋を移動しなけれはならなかった。彼女とはそれきり。結局、彼女の名前は分からないまま。

そんなふうに、話を少ししただけなのに、名前も知らないのに、記憶残っている人や出会いは、不思議といくつもある。他の出会いもまた別の機会に。