名前の知らない、

 

作り直しての初めての日記がこんな内容であることが、
とても悲しいけれど。書かずにはいられなかった。

1月の半ば頃。
インターネットのニュースで見た中国・武漢の様子に、これはただ事ではないと思った。
すでに昨年11月の時点で情報がちらほらと出ていたという話も聞くから、
もっと早く察知していた方もいたことだろう。

1月25日から始まる春節で、
きっと日本にも世界にも多く広がるだろうと、
また広がったその先のことも考えると、
本当にとても怖かったのを覚えている。

夫は1月頭に風邪を引いていたので、普段使わないマスクをたまたま買っていて、
昨年12月に顔に発疹が出来てしまった私は、それを隠す為(+花粉症)に外出時はほとんどマスクをしていたので、お互いに引き続きマスクを着用。
もちろん、いつも行なっている手洗い・うがいもより念入りに。
加えて、掃除の為にと買っておいたエタノールで除菌スプレーも作って、

仕事と買い物以外は、あまり人混みへは出かけないようにしていた。
夫も私も持病があるという認識が、よりウイルスに対して慎重にさせたと思う。

2月からはどことなく、
“症状は出ていなくても自分も感染しているかもしれない”
という気持ちで過ごしていた。
友人には1人会ったけれど、3月に祖母の家へ訪れる予定も延期。
結局、家族と相談をして年が明けてから実家にも帰っていない。

大げさだと何度か笑われたこともあったけれど、
本当に心配だからお互いに気をつけようね、
と言ってくれる人が大半だった。

震災時用に水も食料も備蓄はしているけれど、
スーパーに行くとごっそりと食料がなくなっている様子や、
減っていくパートのシフトスケジュールを見ると、
落ち着いていこうと思いながらもやっぱり、じわりじわりとは不安はある。

パニックにはなっていないけれど、
色々なことに対して正しく怖がる、というのはとても難しいことなのだと思う。

ここのとろこよく考えるのは、
旅をしていた中で出会った名前も分からない人たちのこと。

私の初めて旅した時、
初めに列車の中で話しかけてくれたカップルは、武漢出身の方だった。

優しく声をかけてくれて、とてもよくしてくれて、今でも時々ふわふわと思い出している。

世界で出会った人たちは無事だろうか。

名前も分からないけれど、
それでも、どうかどうか無事でいて欲しいと願うばかり。